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  1. ■2013年度、少年野球、夏合宿のご案内■(0)
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バレーボール

 投稿者:勇者ブレーブス特急【編集委員長】メール  投稿日:2012年 2月23日(木)22時30分32秒
  名車阪急2800系さん
こんばんは

ここのところ、ダウンしておりました。
インフルエンザではないので、ホッとしています。

小生がバレーボールに興味を持ったのは、サンテレビで放映されていた、日本リーグ女子の「ダイエー」戦の中継ではないかと思っております。
ほとんどの試合の実況は、西澤暲さん、解説は男澤和江さんのコンビだったと思います。
生え抜きのスタープレーヤー山内美加選手は、オリックス藤本俊彦~強士と結婚しましたね。
育児が落ち着いた後は、岡山での試合や、四国88の本拠地だった高松での解説を時々されていました。数年前、その高松での会場でたまたまお会いしたときも、選手時代と変わらない美貌で思わず握手してもらいました(^^;

男子では、南親子が印象に残っています。
お父さんの南将之さんは、全日本男子の監督も歴任されました。若くしてお亡くなりになられたのが悔やまれます。
長男の南克幸選手は同年代で、好きな選手の一人でした。旭化成では、現全日本女子監督の眞鍋政義氏とのコンビバレーが好かったです。
その後の全日本クラスの指導者としては、寺廻太監督が印象に残っています。

松平康孝さん、なくなられたのは大晦日でしたね。
今年1月に開催された、プレミアリーグ女子大阪大会で、氏の功績を讃え、偲び、黙祷を捧げました。

バレーボールは、近年プレースタイルの変化が顕著で、国際的な流れでのルール変更もあり、かなり日本は苦戦を強いられています。特にパワーバレーで圧倒される男子は相当厳しいです。
晩年、松平さんは大変口惜しい思いをされていたのだろうと思われます。
せめて、女子だけでも世界の舞台で活躍の場が与えられればと思います。

PS
「きたぐに」にまつわるお話はまた今度で!

 
 

バレーボールの話題②~あれから40年~

 投稿者:名車阪急2800系  投稿日:2012年 2月19日(日)13時01分22秒
    私がバレーボールに興味を持つきっかけになったのは40年前のミュンヘンオリンピックで男子バレーボールが金メダルを受賞した事です。ビッグ3と言われた大古・横田・森田を筆頭に個性あふれる12名の選手達が一つになって、世界の頂点に立った光景は今も鮮明に記憶しています。
  それだけに、低迷する男子バレーの現状には不満を持っています。最も日本には不利なルール変更がいくつかあったものの、戦術や選手の技量向上のスピードは日本をはるかに上回っていて、国際大会では苦戦続きです。
  昨年末にバレーボールの発展に尽力された、松平康隆元日本代表監督が亡くなられました。個性あふれる選手達を一つにまとめ上げた手腕は今も語り継がれています。近代バレーの戦術はほとんど松平さんが考案したものだけに、無念の思いではなかったでしょうか?日本のバレー界は松平さんの恩に報いるべく、今一つの奮起が必要だと私は思います。  西本幸雄さんに続いて松平康隆さんの逝去が報じられ、また一つ「昭和」という時代が遠ざかりました。遅ればせながら、松平康隆さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
  がんばれ!!日本男子バレーボール!!!
  乱文どうかお許し下さいP.S
  編集委員長様の返信にありました寝台急行「きたぐに」利用での富山・新潟遠征は今頃でしょうか?北陸地方の大雪の影響を受けていないか気になっています。  「日本海」・「きたぐに」の最終運行まで1ヶ月を切りました。カメラ持参で大阪駅に詰めかける人が増えると思いますが、マナーを守って事故や事件のないようにしてほしいものです。
 

キャンプ

 投稿者:勇者ブレーブス特急【編集委員長】メール  投稿日:2012年 2月 6日(月)22時45分3秒
  名車阪急2800系さん
こんばんは

2月に入り、キャンプインの季節ですが、最近は沖縄が増えたみたいですね。
沖縄本島だけで、数球団のキャンプ地があり、それこそNPBファンの方は、この時期に同地を来訪し、各球団のキャンプ地巡りをされるそうです。

「勇者阪急」は、一貫して高知キャンプでした。
小生が一番見ていた時代は、南海が呉キャンプ、近鉄が日向、ロッテ鹿児島、日ハムと西武は名護と高知・春野でしたが、両球団はフロリダがどこかでやった時期もあった様な気がします。

阪急のキャンプは凄まじいものだというのは、近年でもあの厳しさでしたから、当時の黄金時代はそれはものすごかったのでしょう。
高知は割合暖かいのですが、それでも小雪舞い散る日もありましたね。
阪急西宮ガーデンズ内にある、「阪急西宮ギャラリー」での展示VTRにも、阪急ブレーブス高知キャンプの映像が放映されています。

おそらく気候だけいうなら、冬場は近畿地方(特に中部・南部)が一番キャンプ地に適しているのではないかと、小生は思っています。
女子プロ野球や、関西独立リーグは、率先して地元で合同スプリングキャンプを行うべきですね。
 

阪急ブレーブス高知キャンプ

 投稿者:名車阪急2800系  投稿日:2012年 2月 4日(土)12時01分22秒
    2月に入り、12球団が一斉にスプリングキャンプ(以下キャンプと略す)に入りました。   ほとんどの球団が沖縄でキャンプを行うようになりました。沖縄でキャンプが行なわれるようになったのは90年代に入ってからだと記憶しています。そもそも2月の沖縄は雨が多く、キャンプには不向きでしたが、本州より温暖な気候と屋内練習場等の施設の充実で沖縄でのキャンプは完全に定着しました。
  阪急ブレーブスのキャンプ地は私の知る限り、一貫して高知で行なわれました。高知市営球場をメインとして多くの名選手が汗を流しました。阪急黄金時代のキャンプは本当に厳しく野球解説者のキャンプリポートでも「阪急より厳しい練習をしているチームは見たことがない」という言葉が良く聞かれました。厳しさでは西本監督より上田監督が数段上でした。自ら内野ノックの雨を降らせ、選手を極限状態まで鍛え上げる姿は今も記憶に残っています。
  「読売を倒してこそ真の日本一」を合言葉に阪急ブレーブスは戦ってきました。それを支えたのは高知での猛練習だったのは間違いないでしょう。キャンプの休日前に恒例となっていた「筆山登り」で大の男が半泣きで 「こんな姿、家族に見せられん」と絶叫していた選手の姿も忘れる事が出来ません。
  高知県内でキャンプを行なう球団が多くありましたが今では沖縄に取って代わられました。長年、安芸でキャンプを行なってきた阪神も一軍は安芸から撤退しました。
  阪急ブレーブスが存続して いれば今でも高知でキャンプを行なっていたかは分かりませんが、一度は高知の地を訪れて見たかったです。  乱文どうかお許し下さいP.S
  高知キャンプの宿舎は一貫して「筆山荘」という日本旅館でした。高知キャンプが縁で「高知新阪急ホテル」が開業しても宿舎変更はありませんでした。「筆山荘」を始めとする高知キャンプゆかりの地を時間があれば訪ねて見たいものです。
 

まだ“のぞみ”はありますよ!

 投稿者:勇者ブレーブス特急【編集委員長】メール  投稿日:2012年 1月30日(月)20時33分34秒
  コタカさん
こんばんは

今や“風前の灯火”となった、「寝台列車」。

今春のダイヤ改定に於いて、オフィシャルではあくまで「定期運転終了」と言う事で、早速、今年の黄金週間での季節運転の概要が発表されています。

したがって、乗車率が悪くなければ、今年のお盆・年末年始の繁忙期には、いままた季節運転での設定があることでしょう。
寝台券の争奪戦にはなるでしょうが、乗車1ヶ月前の日にみどりの窓口、あるいは旅行社に頼めば何とかなると思います。
下記にJR東日本のurlを貼っておきます。一番最後に夜行列車運転の概要があります。
※PDFですのでご注意ください。

前回も申し上げましたが、先ずは我々が乗らない事には会社は動いてくれません!

PS
「きたぐに」は、小生も夜行列車の中でも利用率は高く、シートピッチのゆったりしたボックスシートの「自由席」から、登れば“高みの見物”はしごで下るのは大変な「寝台上段」、俗にお得寝台と言われる“パン下”の寝台中段、ベット幅はB寝台最大の108㎝で余裕の「寝台下段」
きたぐにと同車両で運行した、臨時寝台急行「あおもり」乗車の際には、フリースペースだったグリーン車も堪能しました。

http://www.jreast.co.jp/press/2011/20120111.pdf

 

ごぶさたしてます

 投稿者:コタカ  投稿日:2012年 1月30日(月)11時39分55秒
  あちこちで寝台列車廃止の話を読みました。私も急行きたぐにを何度か利用していまして、闇夜の日本海を沿うように走る区間は眠るのがもったいなくなるようなミステリアスな光景でした。昨今はバスによる深夜移動が主流となっていますが私には合わなくて(^_^;)。
実は今年の夏に新潟に行く予定を立てていたのですが、3月で廃止となるともう断念せざるを得ません。あぁ、楽しみがまたひとつ消えていく…。
 

寝台列車で“遠くへいきたい”

 投稿者:勇者ブレーブス特急【編集委員長】メール  投稿日:2012年 1月29日(日)23時28分15秒
  名車阪急2800系さん
こんばんは

貴意の分析能力は確かで、仰せのとおりだと思います。
今回、廃止が発表された「日本海」「きたぐに」も、今は廃止騒動による駆け込み需要があるだけで、やはり乗車率の低下が一番の夜行列車衰退の原因でしょう。
特に、東京~九州各地を結んだ寝台特急の晩年はそんな感じだったと思います。

いくら夜行列車による人件費や諸経費、手間隙がかかるとはいえ、お客さんが沢山乗ってくれれば、いくら民営化されたJRとはいえ、会社も利用客を無視しておいそれと廃止はできないのではないでしょうか。

しかし、寝台列車離れが進んだ要因には、国鉄~JR各社の無策にも大いに関係していると思われます。
開放寝台はやはり時代遅れですし、尚且つあの寝台料金の高さです。それを補うにはグレードアップした個室寝台車への置換が必須です。
一方で、「あけぼの」ゴロンとシート、「サンライズ瀬戸・出雲」ノビノビ座席、急行「はまなす」カーペット車などへのリーズナブルで横になれる“座席指定席”車への変換を鉄道ならではの長所として、早期に実施すればまだ生き延びる道はあったのではないかと・・・。
実際、これらを実施した当該列車はまだまだ現役です。

時代考証もいろいろ問われますが、やはり寝台列車を今後も利用したい、寝台列車をこよなく愛するのであれば、乗ってあげるのが一番の延命策です。
ただ、廃止になるから乗るというのでは、ノスタルジー以前の問題で、ただの野次馬でしかありません。事実、廃止報道がされてから乗ると、へんな輩がついてきて、旅情もヘチマもなくなってしまいます。

残念ながら、「日本海」「きたぐに」は定期列車としては姿を消しますが、残された夜行列車については、いつかまた各方面へ旅行する際に、うまく行程を組み合わせて利用したいと思います。
 

鉄道の話題①~惜別「日本海」・「きたぐに」夜行寝台列車は過去の思い出に~

 投稿者:名車阪急2800系  投稿日:2012年 1月28日(土)12時48分5秒
    編集委員長様からの返信で寝台急行「きたぐに」を利用して富山・新潟方面へ行かれるとありました。それに刺激されて、鉄道関連の書き込みになります。
  JR各社が来たる3月中旬にダイヤ改訂を行います。その中で最も大きく取り上げられたのが大阪から北陸・東北方面に向かう夜行寝台特急「日本海」と夜行寝台急行「きたぐに」の定期運用廃止の報道です。
  残念ながら、大阪発の夜行寝台列車は姿を消す事になります。すでに東京及び大阪から九州方面への夜行寝台列車はありません。全国を見渡しても夜行寝台列車(客車・電車)もごくわずかです。
  かつて旧国鉄において、ブルートレインと呼ばれた夜行寝台列車は国鉄を代表する看板列車でした。1958年にデビューした20系寝台客車は最新の設備を誇り「動くホテル」と呼ばれたものです。その後も客車では14系及び24系が登場し、世界初の寝台電車(月光形、581・583系)も加わり人気を集めました。  しかし、その栄光は長く続きませんでした。理由は色々あります。私の考えは次の通りです。
①国鉄本社の想像を超えた高速道路網の整備・充実
②高い料金設定及び車内設備の劣化(国鉄の経営難により寝台客車の新造が見送られた事にもよる)
③高速夜行バスの増加
④JR発足後の長距離列車削減政策
⑤新幹線や航空機への利用者の逸走
  今や、青森から鹿児島まで新幹線で結ばれています。夜行高速バスも3列シート車が当たり前となり、プライバシーにも配慮されています。中には女性専用車両も設定されています。
  国鉄末期には車両新造が抑制され、ブルートレインの置き換えが進みませんでした。個室寝台にグレードアップされた車両もありましたが、既存の車両を改造して対応していました。JR発足後には地域密着型のダイヤ設定になり、JR複数会社間にまたがって運用されるブルートレインは厄介者扱いされてしまいました。
  今回廃止対象となった「日本海」は個室寝台の設定がなく、開放式寝台のみの設定です。個室寝台の設定や「あかつき」に連結されていた座席車(女性専用・レガートシート)の設定があっても良かったのではないでしょうか?
  ブルートレイン全盛期にはカメラを持って須磨海岸に足を運んだ事がありますし、名機EF58がヘッドマーク付きで牽引していた「あかつき」・「日本海」・「彗星」等の姿は今も忘れられません。本当に寂しくなります。
  乱文どうかお許し下さい
 

選手寿命の延びた「女子バレーボール」

 投稿者:勇者ブレーブス特急【編集委員長】メール  投稿日:2012年 1月24日(火)22時00分35秒
  名車阪急2800系さん
こんばんは

流石は名車阪急2800系さん、話題豊富で感服します。
バレーボールもお詳しいのですね。

まずは、岡山シーガルズの岡野弘子・森和代両選手は、まさにチームの顔であり、なくてはならない存在です。
特に森和代選手(かず)は依然として攻撃の要として、多彩な攻撃を駆使して相手チームを翻弄しています。おそらくテクニシャンとしては現在の女子バレー界随一ではないでしょうか。
シーガルズといえば、河本昭義総監督を抜きでは語れませんね。本当にご苦労されていると思います。現場の監督業から、運営面も携わり、実質GM的な存在ではないでしょうか。
こうゆう人物こそ、できうる事ならば近い将来、全日本女子の参謀、いや監督に!

あと、個人的にはシーガルズのセッターといえば、小菅真弓選手(こず)が一番のお気に入りの選手でした。前出の宮下選手の育成と、ケガの影響による手術もあり退団されましたが、今季、二部に相当するチャレンジ・リーグのKUROBEアクアフェアリーズに入団し、セッターとしてリーグ戦で活躍されています。そのお姿を早く見たいものです。

ご推挙された、谷口姉妹にも俄然注目しています。
JTの谷口雅美選手(妹・ナツ)は、確かに出番は減ったようですが、オポジットは難しいポジションゆえに、ベテランだからこそ要所でまだまだ活躍できるものと期待しています。
健祥会の谷口由美恵監督兼主将(姉・タクト)は、いつも元気いっぱい!若々しいし綺麗で、年齢の事を言っては何ですが、とても四十路とは思えません。動きにもキレがあり、依然エースとして打ちまくっています。
チーム事情で、プレーイングマネージャーを勤めていますが、そのお姿も凛々しいとのことで、Vチャレンジーリーグの方も見逃せません。

ps
新潟でのVチャレンジリーグ「Befcoビービースターズ」のホームゲームと、富山での「KUROBEアクアフェアリーズ」のホームゲームへ観戦に、先日、定期運用廃止が発表された夜行急行列車「きたぐに」に乗っていく事になりました。
数少なくなった、寝台電車583系を堪能したいものです。
 

バレーボールの話題①~がんばれベテラン選手達~

 投稿者:名車阪急2800系  投稿日:2012年 1月22日(日)11時51分1秒
    以前の投稿にバレーボールについて書きました。昨年はバレーボールの試合会場に足を運べなかったので、今シーズンは体育館にて熱戦を見届けたいと思っています。来月は神戸や尼崎でVプレミアリーグ女子の試合があります。何とかやりくりして時間を作ろうと考えています。
  前置きが長くなりました。どのスポーツにも共通して感じる事ですが、選手寿命が延びているように思います。女子バレーの世界でも30歳を過ぎても頑張っている選手が多くいます。かつては20代半ばで現役引退する事が当たり前だったのが、トレーニング方法や選手の努力等で大きな怪我さえなければ長く活躍できるようになりました。
  編集委員長様が応援しておられる岡山シーガルスにも岡野弘子・森和代両選手が頑張っています。2人共私が好きなタイプの選手なのでまだまだ活躍してほしいと思っています。
  私が最も注目しているのがJTマーヴェラス所属の谷口雅美選手です。今季は出場機会が少なくなっていますがセッター対角(オポジット)のポジションをこなし、時折見せるバックアタックの鋭さは年齢を感じさせないものがあります。シーガルスの岡野弘子・森和代両選手とは同年齢ですし、長く活躍してほしいものですね。
  下部のチャレンジリーグに目を移してもベテラン選手が頑張っています。全日本にも選出された内田役子選手(日立)は40歳になっても頑張っているようです。先程挙げた谷口雅美選手の実姉・谷口由美恵選手は徳島に本拠地を置く健祥会レッドハーツで監督兼任選手(主将)を務めています。
  以前書いた宮下遥選手のような若い世代の活躍にも期待しています。彼女達がベテラン達の良い所を吸収して成長してほしいものですがんばれ!!ベテラン選手達!!!  乱文どうかお許し下さいP.S
  シーガルスにはベテラン達が活躍できる環境が整っているように感じます。河本総監督の指導方法(方針)は選手寿命を延ばすには最適なものと考えられます。少し前に引退した神田千絵選手は39歳までコートに立っていました。私の記憶に間違いがなければVプレミアリークでは最年長の試合出場記録だと思います。
 

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