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おとねさん
そうそう、私もそう思う。今だって、10年前とは違うこと沢山あるものね。
でも、必ずついて回る言葉もありますよね。
「私たちの頃は〜が普通だった」過去形
うちの義母、毎日お経のように言ってますもん。
チーターさん
私の愚痴で自己中な書き込みに、お返事ありがとう。
息子さんとうちの次男と同級生なんですよね。
「諦める」と腹をくくるまでの葛藤、これは経験しないと解らない。
でも、その後に待っていたものは、決して不幸ではなかった。諦めたら楽になったのかもしれないし、諦めなかったら、別の生き方ができたかもしれない、なんて思うこともあるけれど。
私も同じです。
くららさん
考えすぎて???
私の「諦める」は大それた問題じゃなくて、もっとくだらないことなんですよ〜。
でも、むすこさんは正しい。
「普通」って、何を基準にしているかで随分違ってくると思う。
自分が今所属している場所の中の大多数なあてはまること、または平均値を「普通」と世間的にはいうのかもしれない。
狭い世間の中での「普通」という言葉に振り回されているような気がします。
昔、育児書の通りに息子が成長しなくて、実母に泣きながら「何で?」と問い詰めたバカ母でしたから、今、こんなこと思えるのは間違いなく息子たちのおかげ。
世間でいう、「普通」ということって、案外自分の思い込みかもしれない。
思い込みにしばられるのは、もうゴメンだから、今の自分にとって「普通」という言葉は死語に近いかも。ちょっと乱暴ですね。ごめんなさいです。
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